雑考400 第275号 奉公人気質 2001.2.18
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久しぶりに大好きな「鬼平」を再読して見つけた文章から。
初出が「オール読物」昭和47年3月〜9号 とあるので今から約30年前に、
著者 池波正太郎 氏が書いたものだ。少し長いが抜粋する。

文春文庫 鬼平犯科帳8 白と黒 207頁から

『『『

 武家方は別としても・・・。
 長谷川平蔵が少年のころまでは、江戸の町家に奉公する女中たちの気質も
雇い主のほうも、こころがまえが、
「ちがっていたように、おもわれる」
 のである。
 これは武家方でも同じだが、女中には上下の区別があって、上のほうは、
いわゆる主人と家族たちの生活の世話をする。客のとりもちもすれば主家の
使いにも出る。
 下のほうは、いわゆる[おさんどん]といわれるもので、掃除から飯たき、
水仕事などに立ちはたらく。
 主人のほうでは、女中の上下にかかわらず、
「長い年月を、まじめに奉公してくれたなら、しかるべきところへ嫁入り
させよう。そのときは、こちらでじゅうぶんに仕度をととのえてやろう」
 という気もちだし、下女のほうでも、「一所懸命に奉公をすれば、ご主人は、
それだけのことをちゃんとして下さる」
 こう考え、将来に希望をもち、陰日向なく奉公をするというのが常道で
あって、これをあやしむ者とてなかった。
 ところが、ここ三十年ほどの間に、こうした考え方、生き方というものが
年ごとにうすれてしまい、使うほうも使われるほうも、目先のことばかりを
追いかけるようになったのは、いったい、どうしたことなのであろう・・・。
 他国のことはいざ知らず、将軍ひざもとの大江戸では、とどまることを
知らぬ贅沢の風潮が上は大名、武家方から、下は町家にいたるまで蔓延し、
生産物資が多彩をきわめると共に、これまでおもいもかけなかった商売や
商法がはびこり、目まぐるしく金銀は流通するのだが、これがいずれも
商人のふところへ入ってしまう。
「ここ二、三十年がほどの間に、食べたり飲んだりする店々は、おれが子ども
のころにくらべると三倍も四倍も増えたろうよ。徳川将軍御威光の下、戦乱
が絶えて天下泰平の世が百何十年も打ちつづいているのは何より結構なこと
だが、人びとはみな、安楽の上の安楽を追いもとめてやまぬようになった。
この世の中、いまに・・・あと五十年もしたら、どうなることやら・・・」
 と、これは、このごろ平蔵がよくもらすことなのだが、つまりは主人の
ほうでも、下女を長年あずかり、いろいろに教えこみ、嫁入りの面倒を見る
根気がなくなってしまった。
 金もかかるし、責任も持たねばならぬ。それよりも給金を上げて自由に
使い、やめたければやめさせ、気に入らねば出て行ってもらおうという・・・
こうした主家の在り方は必然、下女のほうにもつたわり、いやなとこなら、
さっさとやめよう。そのかわり、もらうべきものはすぐにも貰っておこう、
という気がまえに変わってくる。
 また、商家が増え、商売も多彩となり、下女奉公をする口はいくらでもある。
 また事実、下女たちの流動がはげしくなったので、雇い主のほうは人手
不足で困っているのだ。−略−

』』』

現在でもそのまま当てはまる部分が多い。「鬼平」の古さを感じさせない魅力の一つだと
思う。人間と社会の傾向は変わらないと言うことか。著者の深い洞察力に感服する。

※今回は400字をオーバーしましたが、了承願います。
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黒姫高原 橋本 好次(はしもと よしつぐ)http://member.nifty.ne.jp/monburu/
mail:monburu@nifty.ne.jp http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Keyaki/1755
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( 「雑考400」は、40字×10行の、1分で読める系統立っていない考察や考証です )
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