雑考400 第172号 臨床医学的意識 2000.3.20
────────────────────────────────────────
立花隆 著「脳死」1996.8.30 第9版中公文庫の中で臨床医学的な意識の定義を知り、私は
驚いた。重要な問題を含むと思うので、少し長くなるが160頁からそのまま抜粋する。
『『『
 まず「深昏睡」である。深昏睡というのは、意識障害の極限の形態である。
 意識というのは、かなり曖昧な概念で、定義があまりはっきりしていない。使う人に
よって、意味内容がさまざまである。しかし、臨床医学で使うときには、かなり狭い意味
で用いられている。簡単にいえば、自己と周囲の状況を認識している状態。手っ取り早く
いえば、普通の人の目をさましている状態をいう。「要するに覚醒状態のことである」と
説明している医学書もある。心理学や哲学でいう自意識、内的意識、潜在意識といった概
念における「意識」とは、いささか意味あいが違うのだ。
 この取材の過程で、ある医者に、
「ところで、昏睡状態の人の意識はどうなっているんでしょうかね」
 とたずねて、
「あ、昏睡なら意識は全く問題になりません。意識がないのが昏睡なんですから」
 と、あっさり答えられてびっくりしたことがある。
「でも、昏睡状態からさめたときに、こんな夢を見ていたと話す人がよくいますね」
 とさらに問うと、
「そういうのは意識とはいわないんです。目がさめていないと意識があるとはいわない
んです」
 との答えを受けた。それではじめて、臨床医学上では、「意識」の意味がかなり狭い
のだということを知った。
 夢は、この意味の用法における意識の範疇には入らない。それどころか、夢は意識
障害を受けて譫妄状態におちいっている状況と酷似しているとされ、次のような評価を
受ける。
「夢がどれほどの意味をもっていようと、意識の構成に夢が何らかの価値を有すると我々
は結論できない。睡眠様状態で、全ての外的刺激に対し行動上無反応に留まる患者は、
何人の定義によっても意識がない状態とみなされる」
 これは、昏睡に関しては最も評価の高いプラムの『昏迷と昏睡の診断』の一節である。
 つまり、臨床医学における意識とは、あくまで医者が患者を外部から観察して得られる
知見をもとにして有無が判断される意識なのである。心理学や哲学におけるように、自己
の内面を内部から観察する対象としての意識ではない。個人の内面にとどまって、外部に
発現されない意識は、臨床医学上存在しないのである。つまり、夢をも含む純粋に個人の
内面にとどまり外部から観察することができない内的意識世界は、臨床医学上存在しない
ものとして無視されてしまうのである。
 これが、脳死の問題でも重要な意味を持ってくる。
 脳死判定の大前提として、むろん、意識がないことがあげられている。しかし、この
場合の「意識がない」とは、いま述べた臨床医学上の「意識」がないということであっ
て、そのことが同時に、「夢をも含む純粋の内的意識」もまたないということを意味して
いるわけではない。「臨床医学上の意識」はなくとも、「夢をも含む純粋の内的意識」
はあるという状況はいくらでも考えられるし、実際に、自分はそういう状況にあった
という報告は沢山あるのである。
』』』

前170号で「私は、夢なども含めた個人の意識内容を外から完全に知ることは不可能=
脳の死は確認できない、と思っていた」と書いた。そもそも脳死判定では、個人の意識内
容を全く相手にしない。外からの確認による脳細胞の機能的死(脳が反応しない等)を基に
脳死判定を行い、器質的死(例えば自己融解=ドロドロに融ける)は確認しない。微かな内
的意識あり、の可能性が残る。脳死に近い状態になれば、臨床医学的な意識回復は絶望的
なのだろう。直らないと言う意味では、末期ガン患者が絶望的なのと同じだ。前者は心臓
が止まる前に死と判定される可能性があり、後者にはそれがない。脳死判定は、難しい。

※今回は400字をオーバーしましたが、了承願います。
────────────────────────────────────────

黒姫高原 橋本 好次(はしもと よしつぐ)http://member.nifty.ne.jp/monburu/
mail:NBA00155@nifty.ne.jp http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Keyaki/1755
__________________________________
( 「雑考400」は、40字×10行の、1分で読める系統立っていない考察や考証です )
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

トップページに戻る  前のページに戻る