雑考400 第40号 夕焼けの色 1999.5.4
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『『『
地球上からいっさいの生物が絶滅したとするね。
−−いきなり、何さ。
そのとき、それでも夕焼けはなお赤いだろうか。
−−何か不気味な色に変わるとでも?
いや、見るものがいなくとも夕焼けは色をもつか、ということ。
−−もちろん何か色をもつだろうね。例えば、核戦争のあと、見られる
こともなく西の空が奇妙な色に染まるとか。だけど、突然どうして?
漠然とした言い方で申し訳ないけど、例えば見ることと見られた対象
ないし世界ということで、どうもなんだか釈然としない気分がある。いま、
西陽に照らされた雲を見ていて、以前少し考えていたことを君と考えて
みたくなったんだ。君は見るものがいなくとも夕焼けは何か色をもつだろ
うと言ったね、でも、私は持たないと思う。
−−どうして
もし、青と黄の系統しか関知しない生物だけが生き残ったらどうなる?
−−そうしたら、なんだ、何色になるんだ?暗い緑色に染まるのかな。
そのとき、夕焼けの色は暗い緑だ、と。
−−そうなるね。
その生物も死滅したら?
−−そうなったら・・・、そうか。そのとき夕焼けの色も「死滅」しちゃうか。
もう夕焼けは何色でもなくなる。
色は対象そのものの性質ではなく、むしろ、対象とそれを見るものとの
合作とでも言うべきではないか。それゆえ、見るものがいなくなったなら
ば、物は色を失う。世界は本来無色なのであり、色とは自分の視野に現れ
る性質にほかならない。そう思わないか?
−−分かるような気もするけど、なんか、おかしいな。
うん、私もどこかすっきりしない。だが、どこがおかしいんだろう。
−−例えば、僕が死んだって世界は色を失うわけじゃないよね。
まあ、それは、他の人が生きているからね。
』』』
----と言う風に会話が続いて行く。ごく普通の言葉を使った、普通の会話である。だが、
読み進むうちに少し不安になる。この夕焼けの話から「実在」について二人の考察が展開
する。そして「実在の世界などない、ということだ」と語られる。ここまで、僅か8頁。
上記引用の会話と、イラストをふんだんに使った白っぽい頁で、専門用語は一切ない。立
ち読みでも簡単に読めると思う。「第24号 木が倒れた」に「誰もいない森の奥で大き
な木が倒れた。さて、音はしただろうか?」と書いた。知人の紹介で素晴らしい著書を知
り、この問いの意味の重大さを認識できた。その本の冒頭だ。『哲学の謎 野矢茂樹1996.
01.20 第1刷 講談社現代新書』である。「実在などない」は著者の結論ではない。私もそ
んな莫迦な、と思う。現に私はいまパソコンに向かっているし、一家団欒もある。だが理
屈から行くと反論できない。これは驚くべきことである。分析哲学は、刺激的な学問だ。
※今回は400字をオーバーしましたが、原文そのままということで了承願います。
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