寧日雑考 第122号 写真の富士山は小さい 2026.1.26
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自宅マンションの外廊下から富士山が見える。
実は密かな自慢だ。

左手(南側)は、山頂から長い裾野まで
美しい三角形の左辺全体が見える。
右手(北側)は、二合目あたりまでか。
裾野は丹沢山の陰だ。

2026年1月10日は朝から快晴で黄砂も無く、
見事な富士山の姿が見えた。

山頂から中腹まで積雪があり、
青空と白い山肌の対比が実に美しい。
これは写真に、と思いスマホで撮った。

早速、画像を見る。
おや? 富士山が無い。

いや、よくよく見たら空と陸の境目に
ちょこんと小さな白い三角形が映っている。
富士山だ。

もう一度、肉眼で生の富士山を見る。
雄大な姿で眼前にある。つまり、
客観的遠近法が無視されている状態だ。

「知能とはなにか ヒトとAIのあいだ」
田口 善弘 氏によれば、私たちの脳は、
現実世界のシミュレーターであり、
そしてバグっている、という。

本来3次元の世界を、網膜に映る2次元で
再現することは物理的に不可能である。

同じ2次元の映像を作るであろう
無限の3次元の配置の中から、脳が
「最もありそうなもの」
を選んでいるのが我々の視覚処理で、
ある意味、錯視そのものである、という。

なるほど、脳は無意識に2次元の
ありそうな映像、見たい映像を
創作している訳だ。

私は分析哲学に嵌まって以来、
「ヒトは己の脳を通してのみ世界を知る」
と口にしてきた。

これは田口氏が言う「脳はバグっている」と
通底していると改めて思う。

視覚ですら、見たとおりは真実ではなく、
自分が見たいものを見ている。

まして、他者の言葉・行動や物語の解釈は、
人それぞれ、全く違った内容となるだろう。

残念だが人と人は究極的にはわかり合えない。

小さくは夫婦・家族、大きくは世間・社会と
折り合いをつける。

それが穏やかな社会生活の第一歩だろう。

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横浜市 橋本 好次(はしもと よしつぐ)
mail:monburu@nifty.com   http://zak400.zatunen.com/
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( 「寧日雑考」は、自由・不定・記録 を方針とした考察です)
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